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TOPCON RS [トプコンカメラ]

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 しばらく前にTOPCON Rシリーズの解説をアップして以来、時間が経ってしまいましたが、ここらへんで続編になるシリーズをまとめてみたいと思います。今回は名機REスーパーが登場する直前にほんのわずかに生産された“徒花”、TOPCON RSについてまとめてみます。
 トプコンRが登場した1957年、まだまだ国産ペンタプリズム式一眼レフカメラはアサヒ・ペンタックス(AP)とミランダTしかありませんでしたが、この少し前の54年にライカM3ショックと言われるレンジファインダーカメラの完成形の登場で、国産高級機メーカーは苦戦を強いられることになりました。元々旭光学は一眼レフで始まったメーカーですから、距離計連動式フォーカルプレーン機は作っていませんでしたが、55年に国産初となるペンタプリズムファインダーを持つ「ペンタックス」を発表し、今後の国産メーカーの道標のような形になりました。これに対し、ニコンはSシリーズ、キヤノンはVシリーズ等のレンジファインダー機をトップに据えていましたが、いかんせん機構的に古く、最早ライカM3の牙城を崩すことは困難な状況に陥ってました。
 東京光学では面白いことに、レンジファインダー式カメラはトプコン35Bや35S等のレンズシャッター搭載モデルしか生産しておらず、ライカマウントのレンズだけをレオタックスに供給していました。その結果、ライカM3ショックにはほとんど無傷で、スムーズに新たなフィールドであるペンタプリズム式一眼レフカメラの生産に移行できました。そこでトプコン初のフォーカルプレーン機(正確には戦時中に生産していた航空写真用のカメラがフォーカルプレーンシャッターでしたが)であるTOPCON Rが登場し、その堅牢かつ高性能なレンズ描写力のおかげで、売れ行きも好調でした。しかし、58年になると、レンジファインダーを見切ったメーカーやレンズシャッター機しか作っていなかったメーカーも一眼レフ市場に参加して、より安くてコンパクトなカメラが一眼レフ機が多く登場します。さらに、この黎明期の頃には、ひと月もするとどこかのメーカーから新しい機構を採り入れたカメラがどんどん出てくるような状態ですから、あっと言う間にトプコンRも旧型となって売れ行きが悪くなりました。東京光学はこれを打開すべく、半自動絞りだったRのボディとエキザクタマウントのレンズを完全自動絞り化して、RIIとF Auto Topcorレンズを供給しました。機構的に考えるとかなりの進化ですが、他社の安価なモデルに少しでも対抗すべく、値段はかえって下げられて売られました。それでも厳しい戦いを強いられましたが、既にFオート・トプコールが開発されていた頃から、TTL測光(しかも開放測光)を見据えた設計がなされていました。すなわち、ただ自動絞り化するだけでなく、絞り値をカメラに伝達するピンを設け、さらにはどのレンズにも共通した絞り位置となるように設定し、それによって開放値をカメラ側に簡単に伝えることもできるように考えられていました。しかし、RIIは連動露出計のないモデルでしたから、あくまでこの絞り伝達ピンは後のTTL機を見据えたものでした。
 RIIでも売り上げが伸びない状況で、何とかこれを打破すべくTTL測光機構を搭載したカメラの開発を進める中、セレン光式露出計を外部装着して、一軸不回転式シャッターダイアルと連動させるようにしたトプコンRIIIを出してお茶を濁していたところ、旭光学では60年に実用性の点で無理があってそのままでは市販できない試作品でしたが、TTL測光のカメラを作って記者のみにちらりと発表していました。これが64年になって世に出たペンタックス・スポットマチック(SP)の原型です。トプコンでもTTL機は開発中でしたが、絞込み測光にならざるを得ないスクリューマウントのペンタックスとは異なり、初めからTTL開放測光のモデルを目指していました。この情報は最大のお得意様であるアメリカのチャールズ・べセラー商会にも届いていて、べセラー側からの強い要請もあって、なるべく早くTTL機を完成させたかったのですが、デザインはできていても最後の煮詰めの部分で手間取っている間に、とにかく新しいデザインでカメラを出すように言われて、後のREスーパーのデザインをほとんど利用し、外部露出計着脱式に変更したTOPCON RSが62年に登場しました。ただし、海外のみでの販売になり、しかもこのすぐ後にREスーパーが完成したので、あっと言う間に生産が打ち切られた空しい素性のカメラとなってしまいました。
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 レンズは既にREオート・トプコール5.8cm f1.8が装着されたものが多いですが、このレンズは絞りの方向がFオート・トプコールとは逆になりました。なぜかと言うと、せっかくTTL開放測光を見据えて設計したFオートトプコールの絞り伝達ピンですが、悲しいかな、まだ当然REスーパーの連動機構など全く考えられていない状況だったことによります。後にチェーンを使った絞りとシャッタースピードの連動機構を決定する際に、Fオート・トプコールのように向かって左側に開放絞りがくるものだとどうしても逆になってしまい、これを改めざるを得なかったんです。そして、鏡胴もボディと同じシルバーに変更されました。ちなみに、初期のモデルにはまだREオート・トプコールが完成しておらず、鏡胴だけ白くなったH-Fオート・トプコールが暫定的に装着されて売られました(後述)。
 トプコンRSは、簡単に言えば後のREスーパーのミラー背面に敷かれたCdS露出計がないマニュアル機で、画像のように当時他のメーカーも同じようにしていた単体の露出計をシャッターダイアルに絡むように取り付けて、シャッタースピードだけに連動させた外部測光機になります。ですから、ほとんど機構的にはRIIIと同じなのですが、フォーカルプレーンシャッターの幕速がアップされていますから、ストロボ使用時のXスピードが1/45秒から1/60秒に若干アップしています。また、プリズム着脱式なのはRシリーズも同じですが、RSはREスーパーと同じボディですから、既にファインダースクリーンの交換が可能になっていました。また、底面には電池Boxは当然ないものの、モータードライブのギアは付いていました。もちろんモータードライブ自体はまだ売られてはいませんでしたが。モータードライブのギアは皿型の蓋で覆われていて、反対側は本来電池Boxの蓋が同じ大きさでちょっと出っ張るのですが、電池の必要ないRSではこれの代わりにASA感度メモになるダイアルが埋め込まれています。ASA12から800までの8つの数字が内側に並び、外側のリングを回してそこに付けられた「・」を数字に合わせるだけのものです。13年12月21日TopconRS前期3-520.jpg
 ストロボ・フラッシュはREスーパーと基本的に同じ位置にアダプターを介して取り付けます。すなわち巻き戻しノブの基部にあるマウントを利用してスピゴットのようにアダプター側のリングを回して固定する仕組みです。REスーパーにはここに電気接点が設けられていて、後のストロボもノンコードで使えるようになっていましたが、RSでは電気接点のないただのマウントでした。
 その他はほとんどREスーパーと同じスペックで、巻き上げ角度も前期のREスーパーと同じく180度と大きい代わりに滑らかな巻き心地です。ファインダーも基本的には同じですが、TTL露出計がないので、内部にはそれ用の窓は当然設けられていません(軍艦部にも)。
 裏蓋を開けて巻き上げ軸を見ますと、これもREスーパーと同じもので、軸にあるスリットにフィルムの先端を差し挟むタイプのものです。
 シャッタースピードはB.1~1/1000秒で、この点も全く同じです。露出計の装着ですが、シャッターボタンにある周囲のベースの側面にある溝に露出計の逆「U」字形の爪を差し込みつつ、軍艦部前面の突起を合わせて落とし込み、シャッターダイアル上面の突起も露出計側のシャッターダイアル裏側の溝にはめ込むようになっています。これで上部からシャッタースピードを選択し、同時に動いてしまう下にあるASA感度リングを回して設定し直し、前部のスイッチダイアルを回して測光します。このダイアルには「CH L H OFF」とプリントされていて、CHはバッテリーチェック、Lは低輝度(ロー)、Hは高輝度(ハイ)を示します。測光したら窓の下の針が指す絞り値を読み取り、手動で絞りリングを回さねばなりませんが、ここで外部測光式露出計の問題点が生じます。つまり、ファインダーから目を離さないと露出計を確認できないので、写したい被写体とはまるで関係ないところを測光している可能性が高くなります。ですから、スポット測光のような角度のものは土台無理で、元々広範囲に測光するようになっているので、露出補正は必須になりますね。結局は正確な露出計とはなり得ませんので、あくまでも目安と言った使い方になります。
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 こちらのRSも同じ前期型です。製造番号は上のものが375で、こちらは450になります。露出計を外した状態はスッキリしていて直線的なイメージがREスーパーよりも強くなります。と言うのも、プリズムカバーに設けられた「TOPCON」のプレートが直接カバーに掘り込まれたものではなく、薄いアルミ板に横方向の線がたくさん刻まれたものの上に文字が彫られていて、この横線が直線的なイメージを強くしていますね。また、国内向けのREスーパー前期型と異なり、シャッターボタン・セルフタイマーレバーの置かれたプレートも洗濯板状の横方向のスリットが無数に刻まれたものが用いられていることも影響しています。
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 生産台数がとても少ないRSですが、不思議とわずかに異なる仕様の後期型が存在します。正直なところ全く同じと言っても差し支えないレベルの差なのですが、見比べてみるとプリズムカバーの「TOPCON」の文字が上記のモデルより大きくなっているのがお分かりでしょう? 製造番号は478ですから、たった28番しか変わらないのですが、この間にこうした微妙な変更がなされていました。ちなみに、このカメラに付いているH-F Auto Topcorは本来前期型のうち初期モデルに装着されていたものですから、この後期型ではREオート・トプコールが標準でした。
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 H-Fオート・トプコールは元々日立製作所に納入されたレンズで、まだREオート・トプコールが完成する前に鏡胴だけ新たにしたFオート・トプコールと言った塩梅でした。ですから、絞りの方向もREとは逆のままです。ただし、日立に納入したものは何らかの工業製品に用いる特殊カメラの部品であり、元々一般向けカメラのものではないので、H-FオートにはFオートとはちょっと異なったところがありました。すなわち、レンズの一番後ろの玉のさらに外側に専用フィルターを被せることができるようにネジの溝が刻まれている点です。このフィルターを装着すると、当然一眼レフカメラではミラーにリングが当たって使えませんが、面白いことに、H-Fオート・トプコール5.8cm f1.8と基本的に同じ構造のREオート・トプコール58mm f1.8には、70年代後半に生産が終了するまでこの「無用」のネジ山が刻まれ続けていました。
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 さて、短期間だけの生産だったRSにもちゃんと専用交換レンズが設けられていました。それが画像のH-Fオート・トプコール3.5cm f2.8と同100mm f2.8です。ただし、こちらは5.8cmと異なり、Fオート・トプコールのネームを変えただけのもので、デザインもFオートのままです。レンズ設計はどの焦点距離のものも変化していませんが、この後REオート・トプコールとして生まれ変わる際に、コーティングだけはマゼンタやシアン系の色からアンバー系に変更されました。そんな中であえてFオートとの違いを申しますと、先端の鏡胴のメッキが、つるつるのものからカメラボディと同じ荒いものに変わっています。ちなみに、RSのボディのメッキも荒目で、後のREスーパーの頃の細か目のメッキとは若干異なります。
 トプコンではRの時代から日常的に良く使われる広角の35mm・標準の58mm・望遠の100mmレンズのデザインを統一し、その一部分だけを変えて見分けられるようにしていました。R時代のオート・トプコールはシャッター/絞込みボタンのリングの色を変えていて、Fオートでは標準レンズの鏡胴が短くなって自ずから差別化されましたが、35mmと100mmは絞りリングの色で見分けられるようにしています。これをH-Fオートでも引き継いでいて、一つ上の画像で見れば分かりますが、100mmがシルバー、35mmが黒になっていますでしょ? これ以外ではぱっと見、どちらがどちらか分からないほど良く似たレンズです。
 トプコンRSは、その誕生のいきさつがお得意先からの強い要請で渋々生産したと言うものですから、東京光学としては当然直後に出た世界初のTTL測光でありながら開放測光を初めから実現していた名機REスーパーこそが正当なモデルとして考えていた訳で、RSは63年にREスーパーが登場したと同時にカタログから消え去りました。めまぐるしく新機構を身にまとったカメラが各社からいくつも出ていた中で、REスーパーの登場でその後の一眼レフカメラの骨格が完成したと言っても過言ではないでしょうが、それに至るわずかな隙間に咲いた徒花こそがこのトプコンRSでした。

TOPCON Rシリーズ@東京光学 [トプコンカメラ]

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 最近、すっかりフィルムカメラを使わなくなっていたので、たくさん買い込んであったフィルムも劣化してしまいそうで、「こりゃヤバイ」と思ってちょくちょく使うことにしました。そこで、ふと思ったのですが、Myブログのカテゴリーにきっちり定めている「トプコンカメラ」についてのレポがスカスカで、放置状態になってるようで、こりゃチトまずいかなと(^∇^)。何しろワテがPCを99年に生まれて初めて買ったのは、大好きなTOPCONカメラのHPを作成してインターネット上だけでなく、実際に同好の仲間と色々と楽しむことが目的だったんですから、言わばワテのWeb history(←ナンじゃい、そりゃ ^o^)の原点みたいなものなんですよねぇ~。それがここ数年のフィルム業界の氷河期と、セミクラシック・カメラブームのバブル崩壊後に木枯らしが吹いている状況から、ついついワテも便利なコンデジを常用してしまいがちでしたが、未だにデジ一眼には手を出していないのは、「本格的に撮影を楽しむのはトプコンカメラで」と言う意識が根強いからなんですね。で、ブログでも忘れることなく、素晴らしいトプコンカメラのあれこれを紹介して行きたいです。
 で、これまでアップしてこなかったもので、忘れてはならないのが「トプコンRシリーズ」。今回はこれらを系統立ててご紹介します。


 トプコンRは東京光学機械k.k.(現、株式会社トプコン)から1957年に発売された、国産で3番目のペンタプリズム式一眼レフカメラでした。先行するアサヒペンタックスAP・ミランダTと異なり、レンズ絞りがシャッターボタンと連動していました。これはレンズマウントに近いところのレバーを押し下げてシャッターを開放し、横に伸びたアームに付いた絞込みボタンがカメラのシャッターボタンの前に出ることで、ここを押して絞りがスプリングの力で絞り込まれた後にシャッターボタンが押し込まれるようになる、いわゆる半自動絞りになります。絞りとシャッターのタイムラグは非常に少なく、かなり切れ味が鋭い感覚です。ただ、シャッターを切った後で絞り込まれたままになってファインダーが暗くなるのを嫌ったユーザーの声から、59年にはボタンを押すと徐々に絞り込まれ、離すと絞りが開くタイプの、いわゆるオートキノン型のレンズも作られました(輸出向け)。
 そのレンズですが、標準がAuto-Topcor 5.8cm f1.8で、絞込み(シャッター)ボタン周辺のリングが銀色になります。この半自動絞りのAuto-Topcorレンズは、標準レンズとデザインが統一された3.5cm f2.8広角と10cm f2.8望遠が用意され、それぞれボタン周りのリングはエメラルドグリー/ゴールドに着色され、一目でどのレンズか分かるようになっていました。また、絞りリングに刻まれた数字の色も5.8cm標準レンズは白なのに対し、3.5cmレンズは緑、10cmレンズは黄色と、ここからも簡単に見分けられるようになっていました。このうち、3.5cm f2.8は、国産初のレトロフォーカス広角レンズで、ようやくミラーアップなしで使える広角レンズの登場だったんです。
 トプコンRはとても手堅くしっかりした作りのカメラですが、かなり大柄になっています。後のオリンパスOM1やペンタックスME等のコンパクトな一眼レフを使っている人には、かなりドデカく感じるでしょうね。でも、おかげでフォールディングは良好で、意外と手に馴染むんですよ。シャッターボタンが前面にある前押し式なので、手ブレにも強いんです。
 ペンタプリズムファインダーは取り外し可能で、ウェストレベルファインダーも用意されていました。交換レンズですが、Auto-Topcor以外は皆手動のプリセット絞りになりますが、R Topcor 9cm・13.5cm・20cm・30cmが当初からラインアップされていました。特に13.5cmと30cmには、平均的な明るさのものと、大口径の高速レンズが用意されましたが、この13.5cm f2と世界初の“サンニッパ”30cm f2.8は、後の東京オリンピックでの公式記録用レンズとして採用されました。ニコンがサンニッパを作ったのは77年ですから、いかにトプコンの光学技術が優れていたかを示す、一つのバロメーターのようなレンズでした。
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 さて、トプコンRはその堅実で丈夫な作りから、警視庁の公式カメラにも採用されました。その際、極少数ですがブラックボディも作られましたが、かなり細かいところまで黒く仕上げられたパーツが使われていました。スペックは一般向けのクロームメッキのものと何ら変わりません。
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 アメリカ向けには現地ディーラーのチャールズ・べセラー商会の力が強く、カメラ名に「BESELER」の名が刻み込まれました。モデル名も「R」から「B」に変更されましたが、「A」はほぼ同じ頃作られていたレンズシャッター式一眼レフのトプコンPRIIを指します(Beselerの刻印はなし。元箱にBeseler TOPCON Aとあり)。このべセラーBも、国内向けのトプコンRと何ら変わりはありません。
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 60年になると、各社ともにペンタプリズム式一眼レフを揃えるようになり、絞り形式も完全自動絞り化が普及しつつありました。有名なものは幻のカメラとしても知られるZunowが完全自動絞りを達成しましたが、機構的に脆く、他のメーカーは独自の方式で完全自動絞り機構を築き上げました。トプコンも独自の機構を構築し、一部のメーカーもこれを用いました。その完全自動絞り機構を盛り込んだのがこのオートマチック・トプコンRで、通称トプコンRIIと呼ばれています。絞り機構の変更に伴い、レンズもF.Auto-Topcorとなって、以降ずっと基本的に同じものがトプコンが一眼レフカメラの生産を終了する81年まで販売されることになります。ちなみに、ヘリコイドリングに滑り止めのゴムを巻いたのはトプコンが世界で初めて採用したことなんですよ。それに、後々のことを考えて、絞り値をカメラ側に伝えるためのピンを既に設けていましたが、これは後に世界初のTTL一眼レフ、トプコンREスーパーが生まれた際、初めから開放測光を実現させるのに大いに役立ちました(絞りの進行方向は逆でしたが)。
 他にトプコンRIIにはセルフタイマーが内蔵され、向かって右側には絞り込みレバーも設けられました。しかし、販売価格は下げられていました。
Beseler C 520.jpg
 トプコンRIIにもアメリカ向けのべセラー・トプコン銘柄のものがありました。その名も「C」。味も素っ気もないですが、見た目もゲゲゲの鬼太郎に出てくるから傘お化けみたいですね。
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 61年になると、セレン光式露出計を着脱できる、トプコンRIIIが発売されました。これはシャッターダイアルと露出計を噛み合わせて連動させるもので、シャッターを決定したら、露出計上面の針の指す位置の絞り値を読み取って、レンズの絞りを回すものになります。この露出計のために、シャッターダイアルは一軸不回転式に改められました(RIIまでは高速・低速二段の回転式)。それ以外では従来のものと変わりはありません。また、アメリカ向けもBESELER TOPCON Cのままでした。
 トプコンはこの時世界初のTTL一眼レフ、REスーパーを開発中で、このRIIIはあくまでも過渡期的なモデルでしたので、販売台数はほとんど伸びないまま終わりました。
 トプコンR用のAuto-Topcor/R Topcorレンズは、9cm f3.5、13.5cm f2、20cm f4、30cm f2.8以外は、この後レンズの基本設計はそのままに皆完全自動絞り化され、REオートトプコールとして63年から76~77年のRE Topcor Nシリーズが登場するまで生産され、その後も81年まで販売されていました。トプコンが採用したエキザクタマウントですが、トプコンRの時代は問題がなかったものの、60年代後半に入るとの口径が小さ過ぎる弊害が出て、新たな大口径レンズの設計を困難にしていました。RからREスーパーに切り替える際に、マウントも一新させるべきだったのでしょうが、これについてはまた後日と言うことで…。

 トプコンRは、その性能を高く評価されながらも、アサヒペンタックスAP等に比べてかなり大柄なため、当時の『アサヒカメラ』誌で「軍用カメラ」と揶揄されたことがありましたが、50年以上の時を経て、今なお故障知らず&無調整で普通に使えるのですから、本当にタフで高品質なカメラだと言うことを「時」が証明してくれましたね。
 参考「TOPCON CLUB」~トプコンRシリーズ 各種トプコールレンズ

 【作例】 「かもめ@かもめ町」
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 トプコンR Rトプコール13.5cm f2 イルフォードFP4(ID-11現像) シャッタースピード~1/250秒 絞り~f8


駄モノの呪い@'80年代カメラ [トプコンカメラ]

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 先日、トプコン最後の一般向けカメラ、RM300(左―輸出専用)と、トプコンが生産直前まで作ってカメラ業界から撤退してお蔵入りになったAM-1をそのまま下請けのシィーマが引き継いで83年頃から発売したシムコLS-1(右)を引っ張り出して、それらのズームレンズのテストがてら写真を撮って遊んでいました。その時のテスト・レポはTOPCON CLUBのBBSの
こちらにあります(初めての人は最初にスパム対策のためパスワードページが出ますが「ic1auto」と一度打ち込めば以降フリーになります)。面白い結果になって、駄モノカメラも使っていて楽しいものです。

 その後ちょっとして、アメリカのクサレものをいっぱい売っているとあるショップから、そこそこの値段でリンデンブラットKL-2と言うカメラが出ていたので、購入してみました。このリンデンブラットと言うカメラは、シムコLS-1のネーム違いで、ずっと前から探していたものの、ほとんど出てこなくて諦めていたカメラなんですが、駄モノであることに変わりありません(笑。
 そのショップのHPには文書しかなかったので、写真を送るように請求し、状態を尋ねておいたら、程なくちょっとピンボケ画像だけがやってきました。元箱付きなので、あまり状態が悪いとは思わなかったんですが、購入してびっくり。梱包は丁寧で、箱を開けるとカメラはプチプチにぐるぐる巻かれた状態でしたが、カメラ自体は「ひでぶ」状態。
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 軍艦部一体のペンタカバーの線に沿って亀裂が入ってまして、「まぁ、これならプラスチックだから裏から接着剤をべったり塗って固めて、最悪、表から塗り直すか」と思いましたが、レンズ無しのマウントを見ると、ミラーが上がりっ放し。シャッターも下の幕が下り切らない状態で、上のやつがちょっと下がっています。巻き上げも不能なら、シャッターボタンも押せません。
 丁度ライカR3がダメになって色々いじっていたんで、同じようなコパルスクェアシャッターですから、とにかく底蓋を開けて、巻き上げを止めているストッパーを解除してレバーを巻いてみると、戻す時にシャッターの下幕も途中まで下がります。上幕は何度かやっているうちに下がってこなくなりましたが、ミラーは上がったまま。何度巻いてチャージしても同じことの繰り返し。
 話にならんので、とにかく軍艦部を外して、できる限り分解することにしてみました。
 一通り外してちょっといじっていたら、何か中からカチャカチャ音がします。すると、ミラーボックスに親指の爪くらいの白い板のかけらが出てきました。これを取り払ってシャッターを巻くと、ミラーも下がり、シャッター自体も正常に戻って切れてくれます。この白い板がどこかに引っ掛かっていたんでしょうね。
 で、その板を見ると、片面に電気の流れる線がプリントされています。マウント部から絞り値の伝達レバーを動かしてみると、ペンタプリズムの前部の隙間から、二本の細い金属のアームが動いています。左右を見ると、白い板のようなものがちょっとだけ頭を出していますが、アームが当たる部分の板が、途中で欠落していてブラブラしています。その片側を取ってみると、完全に割れた状態で外れました。
 仕方ないので、これを接着し、裏から薄いプラ板を貼って補強するようにして、くっ付けている最中です。でも、反対側の端は当初からネジ穴のところから割れてボディから離れていましたが、画像の〇部分のようにコードが付いていて、切り離さないと外れません。それに、外した方の板も、割れている以上、電気の流れは期待できないので、後から割れたところの線を、それに沿って半田付けしないとイカンでしょう。同じようにコードの付いたところも半田で板に結び付けてやろうかと思っています。
 さて、電池を入れますと、絞りがこんな状態だから話になりませんが、一応アンダーの赤ランプが、感度3200にして電灯に向けると、1/30のところで黄色ランプが点きます。手でマウントを覆うと赤ランプが点くので、露出計は生きているようでホッとしました。
 後は摺動ブラシの板が上手く付いてくれるかどうかですが、どうも白い絶縁板が4箇所も割れているので、付けてもすぐダメになるだろうと思い、トプコンRE200のジャンクがありますから、それから外してみました。
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 これは白い板ではなく緑色ですが、摺動ブラシが当たる銅のプリントは上下二段で同じな上、板自体の大きさもほぼ同じなので、上手くすれば使えそう。と言うことで、これを改造することにしました。
 やはりトプコンで末期に設計したカメラ同士ゆえ、その点は助かりましたが、片やREマウントで、もう一方はKマウント。絞りの向きが異なり、ブラシが当たる面も表裏で逆でした。また、取り付けネジ穴の位置が全く異なるので、新たに開けなければダメ。リンデンブラットのものは片側がアースも兼ねています。
 板を良く見ると、上下2列の電導線にそれぞれコードが半田付けされ、同時に一つがアースに繋がります。トプコンRE300のアースは画像のようにコードでボディに導いてますが、都合良いことに、アースへと繋がる銅線の途中に穴を開ければ位置的にリンデンブラットにフィットします。ただし、反対側に穴を開けると、別の線が断たれるので、結局片側だけネジ止めすることにしました。
 それを取り付けて早速電池を入れると、ファインダー内のLEDが、一番下のアンダーの赤からちょっと上のオレンジに移り、電灯に向けると1/1000をオーバーします。絞り伝達レバーを動かすと、LEDが上下してくれます。
 「うぉっ!やったー!」と喜んで、全体の組み立てに入ります。
 軍艦部とマウントカバーはプラスチックで、割れていたため、裏から接着剤を厚く塗って固めておきました。ただ、そのままでは表面から亀裂っぽいのが丸見えで、これを少しでも隠すため、カー用品の黒っぽい薄付けパテを塗って、段差をなくし、磨いてみましたが、まだまだこれですと不自然なので、後日極細コンパウンドで仕上げてみます。
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 とりあえずの仕上がりですが、レンズは付いていなかったので、手持ちのものから適当に。これでバッチリかと思ったのもつかの間、露出計はすぐ1/1000秒をオーバーするか、1秒を下回るかで、赤ランプがしょっちゅう点きます。途中のシャッタースピードになかなか落ち着いてくれません。これではAEは使えないので、マニュアルはどうかと試してみると、スローから高速まで、きちんと作動してくれます。やはり摺動ブラシが不安定なのがイカンのでしょか。元のものを上手く再生させて一度それを使って試してみないといけませんね。
 また、あの頃のカス値のジャンクカメラを探して、部品取りに使い、是非ともこのリンデンブラットを普通に使えるようにしたいです。マニュアルならもう使えるんですけどね(^∀^)。
 しっかし、あのカメラ屋、こんなものを平然と100数十ドルで売るんだから、ちょっといい加減すぎますね。ずっと前にeBay経由で買ったことがある店だったんですが、その時も駄モノを買ったっけ。そこそこ知られた店なのに、何か悲惨。あんなものまで少しでも高く売ろうと言う彼らのやり方に、逆に哀れさを感じちゃいました。


スーパーDM@トプコールレンズ [トプコンカメラ]

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 ふと気付いたのですが、自分のブログのカテゴリーがいつの間にかサイドバーから消えていまして、今日、何気に復活させました。それにしても、何らいじくっていなかったのに、なぜ消えちゃったんだろ。
 で、それを復活させつつカテゴリー欄を見ると、ワテのウェブ活動の原点になったトプコンのカメラの欄の寂しいこと。「こりゃーイカン、早速アップじゃー!」と言うノリでちとご紹介を。
 タイトルのスーパーDMとは別段ご近所のスーパーマーケットのダイレクトメールではありません(←分かってるっちゅーの)。あくまで東京光学機械K.K.製のトプコンカメラのフラッグシップモデルの名称で、73年デビューのものです。ワテは真面目に写真を撮りに行く時はいつもこれを持って出かけます。「じゃぁ、他は不真面目なのかい?」と言うのは置いといて、このカメラ、見た目通りにズシリと重く、ワテのイメージでは「田舎大学応援団団長」と言った感じ。わざとカクカクさせたデザインは、これの原型モデルである、REスーパーと言うカメラがアメリカ人デザイナーによる外形を持っていたからなんですよ。
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 トプコンの一眼レフカメラには、国内モノと輸出モノに名称の違いがありまして、フラッグシップ機で言うなら、トプコンR→RII(オートマチックトプコンR)→RIIIと国内で呼ばれていたシリーズが、アメリカに輸出される際に、現地のチャールズ・ベセラー商会と言うディーラーの力が強く、Beseler Topcon B→Cになってました(RIIIはCのまま)。その後、63年に世界初のTTL一眼レフ"REスーパー"が発売され、これがアメリカでは"Beseler Topcon Super D"となります。
 72年にREスーパーがマイナーチェンジされると、ベセラー商会とも縁が切れ、国内・輸出向けの双方のネームを統一し、"トプコン・スーパーD"になります。そして、翌73年にオートワインダーを標準装備した"スーパーDM"が登場する訳です(←あー、長かった…)。
 実はここに至るまでにまだまだあるんですが、ま、細かいところはワテのTOPCON CLUBのサイトでご確認頂くことにして、ワテがトプコンにのめり込むきっかけになったカメラなんですよ。チュー坊の頃、学校帰りの町の小さなカメラ屋さんのショーウィンドーに、このカメラが上の方でドスンと構えていたのをマジマジと見てましたっけ。でも、高くてとても買える値段じゃなく、高校生の頃にはもうトプコンは古臭く、当時のカッチョええ小型一眼レフに心躍らせましたねぇ。結局、トプコンを再び意識したのは社会人になって給料をもらえるようになってからですから、もう東京光学では一般向けカメラの生産を終了していたんです。80年代半ばに、中古で程度の良いものを入手しましたが、元々トプコンは国内で評価が高いのに売れなかったメーカーで、探すのも困難でしたね。だからますます欲しくなるんでしょう(笑。
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 このスーパーDMは街中のスナップにツーリングに記念写真にと、八面六腑の活躍でした。特に、最初から入手できたREオート・トプコール25mmレンズは半分付けっぱなし状態でしたね。このレンズ、標準のREGNトプコールM50mmと同様、とても立体描写が良く、学生の頃頑張って買ったライカR3のズミクロンよりもはるかに良いと思いました(個人的な感覚ですよー、念のため)。
 上の画像は取り込みが10年前のものになるので、あまりキレイではないっすが、90年に岐阜と福井の県境の高倉峠で撮ったものです。ダムに沈む徳山村での痴呆症の老人とその家族の物語を撮った神山征二郎監督の映画『ふるさと』に感銘し、ダムに沈む前に行こうと思って89年と90年にここを訪れました。89年は未舗装でしたが、90年は峠まで舗装されていたのにちょっとガッカリしました。でも、景色は素晴らしいし、他に誰もいないし、最後の一戸になるまで残っていた徳山村の住民の方とも話ができて、とても感慨深いロングツーリングだったなー( °д°)←遠い目。
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 こちらは87年頃に近所の仲間といろは坂に行った時のもの。紅葉の美しい時期の日光いろは坂です。渋滞は当然で、前の車の坊主もさすがに不機嫌そう。レンズはREズームオート・トプコール87-205mmで、このレンズはレンズ専門メーカーのサン光機との共同開発されたものなんです。以前はタムロンやトキナー、コムラノンやサンなどレンズメーカーのものは本家のレンズが高くて買えない人向けみたいな雰囲気がありました。その後出てきたシグマなどは、今や立派なメーカーとして認識されているようですが、70年代末には正直言ってタムロンやトキナーの下に位置していましたね。その中で、コムラノンとサンズームは早い時期に消えましたが、やはりレンズ専門メーカーに対するユーザーの意識が道を狭めていたのもその一因なのでしょうね。
 そのサンズームにも85-210mmと言うレンズがありましたが、実は設計こそ同じでも、生産はそれぞれ別に行なっていて、レンズのコーティング等、両者でかなり違う面が見られます。やはり比較してみるとトプコールの方が良かったですが、昔のカメラ雑誌では結構酷いことを書かれていました。何しろ各メーカーが出版社の人達を色々接待して機嫌を取っていたような時代ですから、営業下手のトプコンが70年代になると古臭い印象もあって悪く書かれるのも仕方なしですが、本当に使ってみるとこれが良く写るんですよねー。侮れないレンズだとワテは思っています。
 この後、どんどんボディやレンズを買い足していくにつれ、完全に「トプコンばか」になっちゃいましたが、実は初期のHNもソレだったんですよー。今の「トプ・ガバチョ」の"トプ"もこのトプコンからきている訳なんですよねー。

TOPCON RETINAL CAMERA@初期型 [トプコンカメラ]

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 皆さん、このカメラ、どこかで見たことあるでしょ~(^∇^)。そう、以前健康診断などの際に必ずチェックされていた眼底撮影に使われていたカメラですよ。もちろん眼科の病院にもありましたっけ。ここ数年ですっかりデジタル化されちゃいましたが、数年前までこれが普通に使われていましたね。顎を白い皿の上に載せて、位置合わせをしてから「バシャッ!」とやって終了。しばらく撮影した側の目がフラッシュでオレンジ色っぽく見えちゃいましたっけ。そう、アレですよ。思い出しましたでしょ?
 実はワテは以前からトプコンのカメラを研究(と言うようなもんじゃないですが)してまして、特にREスーパーと言う世界初のTTL一眼レフの系統のカメラが好きでして、色々集めて楽しんでいました。あの系列には医療用に転用されたものがありまして、その初期のモデルがこのカメラな訳。
 ちょっと前にヤフオクで入手したトプコンの眼底カメラのフルセットなのですが、当初は購入する気はあまりなく、前からカメラボディだけでしたらこの眼底カメラの系列もいくつか持っていましたので、オークションに出ていた時は、珍しいフルセットだったので、「見たところ自動巻上げ機構の入っていない頃の初期型だからとりあえず入札しようかな。でも、絶対使わんだろうなぁ。」と言う気持ちで、それこそ1万以下の最低価格で一応入札しといたんですよ。でも、こんなもの持っていても、だーれも使わんのは道理でして、眼科のお医者さんなら最新のデジタルものをリースで使うんでしょうし、出品者さんもどこかからの払い下げを処分したいが、こうした立派なものゆえ「捨てるには忍びない」「けれど、こんな特殊なものはどこにも売れやしないし、捨てる時にも金を取られる」「そんならオークションに出して世の中のヘンな趣味の人に買ってもらおう」とまあこんな感じで出品したんでしょう。ワテがそれに釣られた訳ですが、何しろ本来はすごく高いものがウソみたいに安い値段でも、一人として入札しませんから(←当たり前だっちゅーの)、まんまと我が手元に来たと言う次第。
 ワテの知る限り、このカメラボディには「TOPCON」とだけ刻印があって、後の「TOPCON M」や「AM」「AM-FL」などにはモータードライブ機構ないしワインダー機構が付いていたり、ポラロイドフィルム化されていたりしましたから、このモデルが最初のモデルであると思われます。だからどうだと言う訳でもないんですがね(笑。
 それにしても、はっきり言って全く使い道がありません(←キッパリ)。だって、自分の眼底を撮影して、その写真を鑑賞するなどと言う摩訶不思議な趣味はワテにはありませんもの。第一、自分が顎を乗せちゃうと、ピント合わせができないっちゅーの(^∀^)。セルフタイマーもないしね。
 と言うことで、結局一度も電源を入れることなく、あまりのドデカさからカメラ棚にも納められずに部屋のオブジェとなっております~( ´д`)

タグ:カメラ
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